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NARRATIVES
BY INTERMEDIATORS

  • 執筆者の写真インターミディエイター事務局

「正義」のぶつかり合いのあいだに立つ

更新日:2023年1月4日

鈴木悠平 文筆家/ 株式会社閒 代表取締役



「善意」が攻撃性へと転化するとき


 自身が所属する企業で運営する保護者向けポータルサイトで、障害のある子どもの子育てについて、会員となった保護者同士が自由に投稿、交流、情報交換ができるサービスを提供していた。会員である保護者は、日々熱心に障害について学び、情報収集を行う方も多く、投稿内容には、同障害に対する治療法・支援法にまつわる話題も含まれていた。


 会員数が増えるなかで、代替療法・自然療法と呼ばれる療法を信奉し(自身の子どももそれで「治った」という心理的経験を持っている)、他者にそれを強く推奨したり、薬物療法をはじめとする他の療法を強く批判したりするユーザーがごく少数であるが、現れた。同ユーザー達の投稿に不快感を覚えた他のユーザーは、エビデンスの乏しい同療法への不信感から、逆に標準療法に関する情報を強く発信するなど、治療法に対する「正しさ」「正義」を巡る対立の様相を呈していった。また、後者のユーザー達からは、「エビデンスのないトンデモ療法の宣伝を野放しにしている運営は何をやっているのか」と、運営事務局に対する批判・意見が多数寄せられるようになった。



基準をどのように設けるべきか

 上記の状況には、2つの問題があった。1つは、ユーザーが投稿する医療情報をどのように取り扱い、どのような規則・規制を設けるかという問題である。当時のサービスでは、ユーザーが投稿する医療情報に関する明確な投稿規制やガイドラインを引いていなかったことが、そもそもの状況を招いた一因ではあるが、仮に基準を設けるとしても、その「良し」「悪し」の基準をどのように決めるかは、非常に難しい問題である。標準療法とされる療法のみを良しとするのか、あらゆる療法に対して文献レビューを行い、エビデンスレベルに応じて良し悪しを決めるのか、一律に医療に関する情報は禁止とするのか…リベラリズムとパターナリズムのジレンマと言える問題である。一律に禁止してしまってはユーザーにとって重要な話題に対する情報アクセスが制限される。一方で、運営側で療法ごとの可・不可を定めることは、非医療者である同サービス・同企業にとってそもそも取るべきでない、取ることができないスタンスでもあった。


 もう1つの問題は、信じるものの違いによらず、いずれにユーザーも、障害のある子どもの子育てをするなかで、多くの不安や困難の中に生きているということである。傷つき、悩み、迷うなかで同サービスにたどり着いた、そしてここで有益な情報や仲間を求めている、という点では、どちらの側のユーザーも同じである。仮に我々が医療者でもあり、特定の療法に関する「良し」「悪し」の線引が可能で、それを実施したとしても、「間違い」と認定された側のユーザーは行き場を失ってしまうであろうし、残った側のユーザーも、自分たちが「正義」で「勝利」したという経験を持ってしまう。それでは、今後同様の問題が発生したときも、さらなる分断が起こり、どちらが正義かの勝ち負けの争いとなってしまうである。それは同ポータルサイト運営者として望むことではない。この2つの問題を乗り越える解決策が必要となった。


多様性を尊重しながら、安心・安全を担保する


 上記の問題に対して、大きく2つの方針から対応を行った。1つは、医療情報に関する投稿ガイドラインを、「正しさ」とは異なる軸で設定すること。もう1つは、同ポータルが目指すあり方、ユーザーに提供したい価値、ユーザーに対してお願いしたいことを、ユーザー向けに物語っていくことだ。


 医療情報については、上述の通り、非医療者の立場から、特定の療法の推奨・非推奨の判断は行わない、同様に、ユーザーに対しても、個人の体験談を超えて、特定の療法の推奨・非推奨を行わないこと、また他のユーザーが特定の療法を選択する/しないことに対する誹謗中傷を行わないことを求めるガイドラインを定め、公開した。運営として「正義」の判定議論に与しないこと、一方で、個々人の多様な経験を尊重するポータルの参加者として、他者への攻撃的なかかわりを行うユーザーや投稿に関しては、利用規約に基づいて対処するという方針をとった。


 ガイドラインの公開にあたっては、無機質な通達事項のみの列挙ではなく、「ユーザーへのお願い」という文体のページを作成し、同ポータルサイトが目指すこと、多様性を尊重する場としてユーザーにも関与してほしいことを、メッセージとして伝えていった。あわせて(これは偶然ではあるが)、当該議論を比較的冷静に観察していたユーザーの中に、同ポータルのメディア機能における連載ライターがおり、同ライターと相談の上、同ライター一個人の体験コラムという体裁で、障害の治療法を巡る分断の背景にある保護者の不安と、それを前提としてお互いの選択を尊重していきたい旨のメッセージを発信した。


 ガイドラインの公開とコラムの発信は概ねユーザーからも好意的な反応をもらうことができ、攻撃的な投稿を行うユーザーは利用規約に基づいて対処することで、サイト内での論争は収束を見た。





 

活動分野: 障害のある子どもを持つ保護者向けの子育てプラットフォーム構築

発揮したインターミディエイターのマインドセット:

☑3分法思考/多元的思考

□エンパシー能力

☑多様性・複雑性の許容

□エンゲイジメント能力

□エンパワリング能力

□対話能力

☑物語り能力

 

Certified Intermediator


鈴木悠平 (すずきゆうへい)

文筆家

株式会社閒 代表取締役


ひと・もの・ことの閒-あわい-に横たわるなにかを見つめて、掬って、かたちにしたり、しなかったり、誰かに贈ったり、分かち合っ

たりしています。


株式会社閒 https://awai.jp.net


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