〈わたし〉と〈あなた〉で紡ぐ物語

最終更新: 1月12日

鈴木悠平 文筆家/ LITALICO 社長室チーフエディター


#生きづらさ #障害者 #物語 #インタビュアー #インタビュイー #対話 #人間回復 #鈴木悠平

ステレオタイプとしての「障害者」像を超えるために

 私は、障害や疾患、その他さまざまな要因によって人生に制限を受けたり、困難や生きづらさを感じたりしてきた人々と共に、一人ひとりがどのようなプロセスで回復していったか、痛みや絶望を経験してなお、どのように希望を語ることができるのか、を、インタビューを通して、またそれを物語としてまとめていくことを通して考えてきた。本ケースは、メディア運営に関する先のケースと異なり、一書き手としての私のありようと、そこから生まれた物語に関するエピソードである。


 障害や疾患のある人のインタビューや、それをまとめた文章や映像作品においては、その障害・病気特有の困難さを際立たせるか、障害を“乗り越えて”その人がいかに成功したかを際立たせるかのいずれかに偏ったものが少なくない。言い換えれば、その人を「かわいそう」で「大変な」障害者として描くか、障害にも関わらず「すごい」「かっこいい」ことができるスーパーヒューマンとして描くか、どちらかである。



 また、同テーマに限らず、これまで特定個人にフォーカスしたインタビューやドキュメンタリーにおいては、聞き手たるインタビュアーは「黒子」であり、自分の意見や感想を表出することはせず、話してであるインタビュイーが「主役」として輝くように立ち振る舞い、また執筆することが通例とされてきた。読み手がインタビューを目にする際には、インタビュアーとインタビュイーの不均衡な上下関係を前提とした編集がなされる。


 しかし私は、こうした従来の方法で、障害のある人に対してインタビューを行い、文章を書くことを良いと思えなかった。際立たされた一面もその人を構成する要素であることは間違いないが、一面だけにスポットを当てて偶像化することは、その人の総体としての人生や生き方を見えなくさせてしまい、かえって「障害者」と「健常者」の距離を空けてしまう結果になるのではないかと感じていたからだ。また、この問題を超えるためには、従来型のインタビュー方式ではいけないとも感じていた。自分自身がその人と向き合うなかで感じたこと、経験した心の動きをなかったことにし、読み手からも自分の姿が見られないヴェールの内側で「黒子」としての立ち位置から、インタビュイーだけを矢面に立たせて語る形式では、インタビュイーに話を聞く上でも、それを物語る上でも不誠実なのではないか。そのような感覚があった。



〈わたし〉を開くことから対話が生まれる


 上記の違和感を解消するために、私がインタビュアー/書き手として取ったアプローチは、通例とは真逆のものであった。聞き手/書き手のこちらが、先回りして勝手に切り取る面を決めず、長い時間をかけてゆっくり相手の人生に触れていくこと。そして、話を聞くなかで、聞き手/書き手である自分自身が感じたこと、考えたことを、素直に相手にも伝えていくことだ。

 その人が過ごす街で、同じ道を一緒に歩く。テーブルを挟んで、その人自身の言葉をじっくり聴く。その人が大切にしている人や物、思い出を教えてもらう。同じ時間を共にし、同じ風景を眺めるなかで、少しずつ少しずつ、浮かび上がってくるその人の輪郭に触れていく。あらかじめ決めておいた質問を制限時間内で順番にぶつけていく “取材” ではなく、同じ時間を一緒に過ごす中で、一緒に風景を眺めるような“インター・ビュー”としての関わり方をした。また、話を聞く中で、自分自身がその場その場で感じたこと、考えたこと、疑問に思ったことを、取り繕わずに素直に投げかけてみることにした。ときには、相手の話を聞きにきたのに、自分の身の上話をしてしまうこともある。しかし、だからこそ、相手と自分の間に思わぬ共通点がみつかり、そこから新たな発見や新たな物語りが見出されることもある。


 まだ治療法が見つかっていない難病や、先天的な脳性麻痺など、その人の障害・疾患だけで言えば、私と相手の間に共通点はない。その障害・疾患特有の痛みや社会生活上の困難さを、私自身が同じように体験することはできない。しかし、長い時間を共にして、障害や疾患による経験を含めた相手の人生を総体として知っていくことで、より普遍的・抽象的な「こころのかたち」で繋がることができる。インタビューをする中でそのような感覚を覚えるようになった。



「人生を受け止めてもらった感覚がした」物語が持つ回復の力


 上記のようなアプローチで書いたインタビュー記事に対しては、インタビュイーから「自分の人生を受け止めてもらった感覚がした」「他のメディアの取材ではなかなか聞かれなかった、話せなかったことを話せた」といった感想をいただく。また、読者からも「自分はこの人と同じ病気は持っていないけれど、同じような気持ちになったことがある」「境遇は違うけれど、ちょうど今自分が抱えている苦しさから抜け出すヒントをもらったような気がする」といった感想をいただくことが多い。「障害者」と「健常者」、「主役のインタビュイー」と「黒子のインタビュアー」といった枠組みではなく、他にかわりのいない〈わたし〉と〈あなた〉として相対してこそ、これまで見えてこなかった3つ目の焦点—立場や境遇の違いを超えた普遍的な物語を紡ぎ出すことができる。そしてその物語は、語り手であるインタビュイー、読み手である読者、そして聞き手/書き手である私、それぞれの人生に回復をもたらすのである。


活動分野: 物語を通した人の「回復」プロセスの探求と創出

発揮したインターミディエイターのマインドセット:

☑3分法思考/多元的思考

☑エンパシー能力

□多様性・複雑性の許容

□エンゲイジメント能力

□エンパワリング能力

☑対話能力

☑物語り能力


Certified Intermediator


鈴木悠平 (すずきゆうへい)

文筆家

LITALICO 社長室チーフエディター

NPO法人soar 理事/ライター

1987年生まれ。

一人ひとりが<わたし>の物語を紡いでいける社会を目指して、執筆・編集業を中心に活動。

現在は、株式会社LITALICOおよびNPO法人soarでの事業運営や文筆活動を通して、障害や病気、その他さまざまな要因で生きづらさを感じている人たちとかかわりながら、人が物語を通して回復していくプロセス、<わたし>と<あなた>の物語が響き合うなかで新たな希望が見出されるプロセスの探求、伴走、創出をこころみています。


LITALICO研究所 OPEN LAB https://open-labo.net/

Yahoo!ニュース個人 https://news.yahoo.co.jp/byline/yuheisuzuki/

NPO法人soar https://soar-world.com/

アパートメント http://apartment-home.net/

note https://note.mu/yuheisuzuki



Editor

福田 容子

「インターミディエイター」は設樂剛事務所の登録商標です

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